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名古屋地方裁判所 平成11年(ワ)3520号 判決 2000年8月23日

原告

小栗和子

ほか二名

被告

渡邉淳

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告小栗和子に対し、二八〇一万八九〇四円、原告小栗勝久及び原告山本浩子に対して各一四九四万五七六四円並びにこれらに対するいずれも平成一〇年一一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告小栗和子に対し、四二一一万七七九一円、原告小栗勝久及び原告山本浩子に対して各二一〇五万八八九五円並びにこれらに対するいずれも平成一〇年一一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

一  本件は、左記二1の交通事故の発生を理由として、これにより死亡した訴外小栗茂(以下「被害者」という。)の妻である原告小栗和子(以下「原告和子」という。)、子であるその余の原告らが、被告渡邉淳に対し不法行為、被告渡辺工業株式会社に対して自賠法三条に基づき、連帯して損害賠償を履行するよう請求した事案である。

二  争いのない事実等(括弧内に証拠を示した部分以外は争いがない。)

1  本件事故

(一) 日時 平成一〇年一一月九日午後三時三〇分ころ

(二) 場所 岐阜県安八郡安八町森部二二四八―一先道路上

(三) 加害車両 被告渡邉淳(以下「被告淳」という。)運転の普通乗用自動車(岐阜三四ひ九四七三)

(四) 右保有者 被告渡辺工業株式会社(以下「被告会社」という。)

(五) 被害車両 被害者運転の軽乗用自動車(岐阜五〇さ一八七四)

(六) 態様 右場所は、信号機により交通整理が行われていない交差点内であるが、南北に通じる道路(県道二一九号線)を南進していた被害車両に、東西に交差する道路(町道)を西進した加害車両が出合い頭に衝突した。

2  被害者の死亡及び相続

(一) 被害者は、本件事故により左腎破裂、脾破裂、左横隔膜破裂等の傷害を負い(甲三号証、四号証)、脾臓摘出、左腎動脈結紮等の手術を受けたが、出血多量のため本件事故の翌日に死亡した。

(二) 原告らは、被害者の妻子であり、被害者に生じた損害賠償請求権を法定相続分の割合にしたがって相続により取得した。

3  責任原因

(一) 被告淳は、加害車両を運行するに際し、右交差点に進入する際、前方を注視すべき注意義務を怠った。

(二) 被告会社は加害車両を自己のために運行の用に供するものである。

4  損害の填補

原告らは被告らから二九五万九〇〇〇円(治療費相当額二六五万九〇〇〇円を含む。)の支払を受けたほか、原告和子は平成一〇年一二月から同一一年八月までの九か月分の遺族年金合計一一二万三五七五円の支払を受けた。

三  争点及び当事者の主張

1  過失相殺

(一) 被告らの主張

本件事故場所は、南北に通じる県道二一九号線(以下「県道」という。)と東西に通じる町道(以下「町道」という。)とが交差する、信号機により交通整理が行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)内であるが、県道は中央線が引かれているものの、道路幅員は六メートルであるのに対し、町道の走路の幅員は五メートルであるから、ほぼ同幅員の道路が交わる交差点と捉えるべきであり、また、本件事故当時は町道に一時停止その他の標識はなく(本件事故後に設置されたものはあるが、公安委員会が設置したものではない。)、他方、県道の本件交差点手前には「事故多し 徐行せよ」と記載された看板が設置されている。被告淳は右交差点で一時停止しなかったが、一時停止は法令上要求されているものではなく、被害者にも徐行しなかった注意義務違反があり、被害者には一五パーセント程度の過失がある。

(二) 原告の認否、反論

そもそも県道は優先道路であるから徐行義務はなく(道路交通法四二条一項)、他方、町道には「危 止まれ」と記載され、ランプのつく標識があったほか、チャッターバー(鉄製の鋲)が設置されており、通常の速度で走行していれば容易に本件交差点の存在を認識できたから、被告淳の速度は五〇キロメートルを超えていたものと考えられる。したがって、被害者の過失は五パーセントを超えることはない。なお、物損に関する示談では被害者の過失は五パーセント、被告側は九五パーセントとしてなされている。

2  損害額

当事者双方が主張する損害額は別表のとおりであるが、争いのある損害の算定要素に関し、次のとおり主張がなされた。

(一) 原告らの主張

本件事故後の被告らの対応は誠意がみられないばかりか、遺族である原告らの心情を逆なでし、その悲しみ苦痛をそれ以上に傷つけ倍加させるものであり、慰藉料算定について斟酌さるべきである。

(二) 被告らの主張

まず、右に原告らの主張する被告らの対応は全くの誤解に基づくものである。

次に、被害者の扶養家族は妻である原告和子一人であったから、逸失利益の算定にあたり、生活費控除率は六九歳までは四割、七〇歳以降は七割とみるべきである。

また、原告和子は遺族年金として、一4において原告らの自認する一一二万三五七五円(九か月分)のほか、さらに六か月分の支給を受けることが確定しているので、一八七万二六二五円(一五か月分)を損害から控除すべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺)について

1  前記争いのない事実等に加えて、証拠(甲一四号証ないし一六号証、一九号証、二二号証の1から4、三〇号証)によれば、次の事実が認められる。

本件事故場所は、南北に通じる県道と東西に通じる町道とが交差する、信号機により交通整理が行われていない交差点内である。そして、県道は道路幅員が九・二メートルで、その両側に歩道があって、歩道との間に高さ〇・六メートルのサツキが植栽されているが、車道部分は六メートルで、中央線によって区分された片側一車線の道路であり、中央線は本件交差点内においても引かれており、最高速度が五〇キロメートル毎時に制限され、駐車禁止の規制がなされており、本件交差点手前には「事故多し 徐行せよ」と記載された看板が設置されていた(なお、その設置者は証拠上明らかではない。)。他方、町道は道路幅員が六メートルで、中央線は引かれておらず、「事故多し止まれ」と書かれた注意看板があり、チャッターバー(鉄の鋲)が設置されているものの、公安委員会による交通規制はなされていない。そして、本件交差点の周囲はいずれも田であり、県道、町道のいずれからも左右の見通しは良好であった。

被告淳は、本件事故の二か月前に運転免許を取得し、本件事故当時、友人宅への道順を覚えるために加害車両を運転中、町道にさしかかったのであるが、行き先を確認しようとしてカーナビを見ながら運転していたため本件交差点の存在に気付くのが遅れ、減速も一旦停止もすることなく時速約五〇キロメートルで右交差点に進入したため、折から県道を南進していた被害車両の左側部に加害車両を衝突させ、その結果、被害車両は田に横転し、本件事故が発生した。

2  1に認定した事実によれば、県道は優先道路であると認められ、町道を進行する車両は、本件交差点に入ろうとするときは徐行しなければならず、一時停止の標識が設置されていると否とにかかわらず県道を通行する車両の進行を妨害してはならない義務を負うから(道路交通法三六条二項、三項)、本件事故は、加害車両を運転中、本件交差点の存在に気付くのが遅れ、前方左右を注視することなく、徐行せずに進行し、被害車両の進行を妨害した被告淳の過失に主たる原因があってもたらされたものと評価すべきである。

しかしながら、他方において、優先道路を進行する車両であっても交差点に入ろうとするときは、他の車両や歩行者に注意し、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならないところ(同条四項、原告らが主張するように徐行までは要しないが、右注意義務は免除されていない。)、前記のとおり被害車両の進行方向から左右の見通しは良好であり、加害車両の進行状況を把握することは容易であったと認められるから、被害者には加害車両の進行に気付くのが遅れたか、あるいは、加害車両が停止するものと軽信した過失があったと推認される。

以上によれば、本件事故の発生についての被告と被害者の過失の割合は、被告九割、被害者一割と評価するのが相当である。なお、甲一三号証によれば、本件事故の物損に関する示談は被害者の過失は五パーセント、被告側は九五パーセントとしてなされたことが認められるが、弁論の全趣旨によれば、比較的早期の段階で、かつ、物損限りのものとしてなされたものと認められ、右認定を左右するものではない。

3  よって、被告らは原告らに対し、被害者に生じた人的損害から右過失割合に応じてその一〇パーセントを減じた額を支払うべき責任がある。

二  争点2(損害額)について

1  認定した基礎事実

甲九号証、一〇号証の1・2、一一号証、一二号証、一七号証及び弁論の全趣旨によれば、被害者は昭和一六年一月一八日生まれの男子で、本件事故当時は五七歳で、妻である原告小栗和子と暮らし、大垣共立銀行に用務員として勤務し、年二一二万七九〇〇円の給与所得を得ていたが、右勤務は六九歳まで継続する見込みであったこと、そのほかに、都築紡績に勤務していた昭和五〇年ころに左手首切断の業務上災害を負ったことから、事故当時年額一九五万〇九九六円の労災年金と同一四九万六八〇〇円の障害年金の支給を受けていたこと、以上の事実が認められる。

2  被害者に生じた損害中、治療費が二六五万九〇〇〇円であること、文書料が三四五〇円であること、遺族年金を除く既払額が二九五万九〇〇〇円であることはいずれも当事者間に争いがなく、その余の損害については次のとおり認定する。

(一) 逸失利益(請求額四七七九万〇六四八円) 三八七九万二七九一円

右に認定した事実によれば、被害者は、事故後六九歳までの一二年間は前記給与所得、労災年金及び障害年金の合計額である五五七万五六九六円を収入として得るが、右期間の生活費として三五パーセントを控除するのが相当であると認められ、右逸失利益の現価を計算すると、適用すべきライプニッツ係数は一二年の係数となるので、次の計算式のとおり、三二一二万一三〇六円となる。

5,575,696×(1-0.35)×8.863=32,121,306

また、七〇歳以後は、事故当時の平均余命期間である二二年間から事故後六九歳までの一二年間を控除した一〇年間において労災年金及び障害年金の合計額である年額三四四万七七九六円を収入として得ることができたものと推認することができるが、右年金支給額に占める生活費の割合は従前に比して増加すると考えられるから、生活費控除率は五五パーセントとするのが相当であり、右逸失利益の現価を計算すると、適用すべきライプニッツ係数は二二年の係数から一二年の係数を控除したものとなるので、次の計算式のとおり、六六七万一四八五円となる。

3,447,796×(1-0.55)×(13.163-8.863)=6,671,485

そして、右両期間に対応する逸失利益の合計は、三八七九万二七九一円となる。

(二) 慰藉料(請求額三〇〇〇万円) 二五〇〇万〇〇〇〇円

右に認定した被害者の年齢、生活状況、本件事故態様等、本件における一切の事情を斟酌すれば、被害者の慰藉料としては右金額が相当である。

なお、原告らは本件事故後の被告らの対応は誠意がみられないばかりか、遺族である原告らの心情を逆なでし、その悲しみ苦痛をそれ以上に傷つけ倍加させるものであり、慰藉料算定について斟酌さるべきであると主張するが、本件全証拠によるも、被告らの対応が原告らの損害賠償請求を妨げたり、早期解決を拒んだりするものとは認められず、慰藉料の加算事由として斟酌するのは相当ではない。

(三) 葬儀費用等(請求額三二七万五〇四〇円) 一三〇万〇〇〇〇円

甲六号証の1から6、一七、一八号証によれば、原告らは被害者の葬儀を行うために相当額の費用を支出したほか、仏壇購入費及び墓地代としてさらに相当額の支出をしたことが認められるところ、被害者の年齢、生活状況等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用等の損害額は右金額が相当である。

(四) 入院雑費(請求額三〇〇〇円) 二六〇〇円

被害者の入院治療(二日間)に対する入院雑費は右金額が相当である。

3  以上から、本件事故によって被害者に生じた損害額(弁護士費用を除く)の合計は六七七五万七八四一円となる。

三  過失相殺による減額及び損害の填補等

1  前記認定、判断した被害者に生じた損害額(弁護士費用を除く)の合計額である六七七五万七八四一円から前記認定の被害者の過失割合に従い一〇パーセントを減額すると、被告らが賠償すべき損害額は、六〇九八万二〇五七円となるが、原告らが、被害者に生じた損害の填補として、その治療費二六五万九〇〇〇円のほか、三〇万円の支払を受けていることは当事者間に争いがないから、これらを控除すると損害残額は五八〇二万三〇五七円となるところ、前記のとおり、原告らは、被害者に生じた損害賠償請求権を法定相続分の割合にしたがって相続により取得したから、原告らが取得した損害額は原告和子について二九〇一万一五二九円、その余の原告については各一四五〇万五七六四円となる。

2  また、原告和子が遺族年金として九か月分である一一二万三五七五円の支払を受けたことは同原告の自認するところであるが、甲一二号証及び弁論の全趣旨によれば、さらに六か月分の支給を受けることが既に確定しているので、一八七万二六二五円(一五か月分)を原告和子の損害から控除すべきであり、そうすると、原告和子の損害残額は二七一三万八九〇四円となる。

四  弁護士費用

1  原告和子(請求額三八二万五〇〇〇円) 八八万〇〇〇〇円

2  その余の原告(請求額一九一万二五〇〇円) 各四四万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告らは被告らに対する感情的問題から自賠責保険の被害者請求手続をあえてしなかったことが認められるが、同手続きをとっていれば原告らに対して合計三〇〇〇万円の給付があったことは推認に難くなく、この点も考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、各原告について、右金額と認めるのが相当である。

五  以上のとおりであって、被告らに対して、原告和子の請求は二八〇一万八九〇四円及びこれに対する不法行為の日である平成一〇年一一月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、その余の原告の請求は各一四九四万五七六四円及びこれに対する右同様の遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるが、その余の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田弘明)

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